2008年02月19日

どうすれば他者を幸せにする能力が上がるの?

「自分が幸せでないと、他人にやさしくなれない。」

最近ある年長者の方が、そう言っていました。まさに同感です。幸せは、おすそ分けするものであって、自分を犠牲にして人を幸せにするなんて、よほどのことがない限り、凡人にはできるものではないのではないでしょうか。だからこそ、マザーテレサは偉大だったのであって、僕らはそう簡単には彼女のようにはなれるものではないのでしょう。

一方、女優がテレビ番組の企画で海外の貧民街を訪れています。その貧しさや苦しみの現場を見て心を痛め、涙する光景を僕は何度か見たことがあります。女優でなくても、誰しもその悲惨な光景を目にすれば、心が引き裂かれそうになることでしょう。もちろん女優が特別感受性が豊かで慈悲深いというわけでもなく、有名人で姿が美しい人が画面で泣いているから、同情を引くことができるし視聴率が稼げるのかもしれません。もちろん、番組を通して全国から集まる多くの募金の意義は高く、それがゆえに、ちょっとした違和感を持ちながらも、僕はこうした番組があるたびに、つい見てしまいます。

とここで、その番組を見ていてふと思ったのですが、、、ならば、

「自分が幸せでないと、他人にやさしくなれない。」 

イコール 
「自分が幸せになると、他者を幸せにする能力が上がる」

ということにならないでしょうか。同じようなことを言っていますが、少しニュアンスが違います。ようは、「積極的に自分が幸せになるよう努力をすること」と、「すでに幸せであること」は、出発点が違うからです。

人生は必ずしも順風満帆なものではないものです。特に年を重ねると、心身ともに疲れてきます。周りにも高齢者が増えてくるから、他者の困難も目につきやすくなると思います。場合によっては、他者の苦労を肩代わりしてあげなければならない場面も増えてくるでしょう。

「英語力」、「交渉力」、「コミュニケーション能力」などと同じように、「他者を幸せにする能力」というものが存在するように思いました。それはまずは自分が幸せに生きることが基本なんだと思いました。

言い換えれば、比較優位では幸せを継続して感じることは難しいですから、自分の心がいつも幸せで満ちているように、謙虚に日々感謝して生きることが大切かな~と思いました。

「他者を幸せにする能力」を上げることは、人生をかけて取り組むに足るものだと思います。海外の貧民街を訪れなくても、こうした能力を身近なところで発揮していける人間になりたいなと思いました。

<独り言>今回は中学生の夏休みの作文の課題をやっているような気持ちでブログを書いてみました。

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