2007年09月01日

夏休みの自由研究

小学校五年生の息子の夏休みが、今年は8月30日で終わりました。そう、8月31日ではなく。地域によって違うらしいのですが、僕の住む杉並区では、9月1日が土曜日にあたるということで、8月31日が始業式。そして、なぜか9月2日日曜日が通常授業を行う登校日。午後から防災訓練とのこと。そして9月3日月曜日は日曜日の振り替え休日。うーん、なんとも複雑。普通に9月3日を始業式、そして午後から防災訓練というわけにはいかないのかな。

まあ、それはさておき、子供たちの夏休みは本人達に言わせると、「新幹線のぞみのようなスピードで終わってしまった!」とのことですが、親にとっては、急行を待ち合わせしながらとろとろ走る普通電車のように、ゆっくりゆっくりと長ーい夏休みでした。

そんな夏休みの最終週に、今年は家族旅行をしました。今年はあまりにも暑いため、海に行くことを急遽変更し、北海道で涼むことにしました。それはさておき、息子があることにふと気がつき、奇声を上げました。「うわあ、しまった!自由研究を忘れた!」

時すでに遅しで、僕らは北海道に来ていました。東京に戻る予定は30日の夜。始業式の前日です。これは困ったという感じでいつもはのんきな息子も頭を抱えていましたが、そんな時、偉大な父親(僭越ながら自分のことですが)に、あるひらめきが。「そうだ!自由研究のテーマは、ホテルの仕事、こんなのどう?!」

実際、早く遊びたかったこともあり、息子はさっさとそのアイディアに乗り、フロント、ロビーアテンダント、レストランのウェイター、販売、ベルボーイ、清掃の6つの職種に絞り、一緒に写真をとったり、個別に色々と取材をしたりして、着々と情報を集めたのでした。また運良く、清掃については、自分の部屋のベッドメーキングを係の人に指導してもらいながら一緒にやるという機会にも恵まれ、息子にリクエストを受けた前述の偉大なる父親は、数々のシーンを写真とビデオに納め、息子は、自由研究が思いのほか充実していることにご満悦でした。

楽しい時間はあっという間に過ぎて、北海道も最終日、僕らはホテルを後にして特急に乗り、そして新千歳空港へ。北海道の名産をたくさん買い込んだため、懐はかなり寒くなったものの、ウキウキしながら羽田空港に向けて飛び立ったのでした。そして夕方、もう隣駅が自宅だという頃になった頃、その事件はおきました。

「パパ、カメラはどうしたの?」無邪気にそう聞く4歳の娘の声を聞きながら、前述の偉大なる父親はいつも肩にさげていた、バッグがないことに気がつく羽目に。記憶をたどる限り、最後に写真を撮ったのは、ホテルを出て特急に乗り、乗り継ぎの際にホームで息子が特急の写真を取ったときでした。その後の記憶がもうひとつあいまいで、どこにおいたということが特定できません。

「自由研究の写真どうするんだ!」ぼくの新調したばかりのハンディカムのビデオやお気に入りのデジカメをなくしたことよりも、息子は自由研究の写真がなくなったことにおかんむりです。「せっかく頑張って取材したのに!」と息子は少し涙ぐんでいました。さすがにこれはやばいと、さきほどまで得意げだった偉大なる父親も、いきなり意気消沈。その晩は、JRの駅、新千歳空港、日本航空などに電話して問い合わせしたものの、どこからもバッグは見つからず、面目丸つぶれの最低の父親は、深い反省を胸に寝床に入ったのでした。

翌日、夏休み明け初登校の息子は、自由研究をもたず、そのまま学校に。クラスの半分がまだ今日は提出できてなかったと語り、父親を慰める息子は、少し寂しげでした。ただ、この話はここで終わりませんでした。午後になって父親の携帯にメッセージが入り、日本航空の機内から、ビデオとデジカメが発見された!とのこと。なんと、ビデオをとカメラの入ったバッグは、北海道から東京、そしてそのまま沖縄まで飛び、さらに東京に戻ってきたところ、機内で発見されて届けられたのでした。

さすが、日本!日本人は、えらい!と父と息子は喜びを胸に大騒ぎ。翌日は朝から羽田空港に父親が娘と一緒に行って、ビデオとカメラを引き取ってきました。これで息子と夏休みの自由研究を一緒に完成できる!前日の最悪の夜が一転して、最高の夜に。ビールが最高にうまかったことは、言うまでもありません。

今年の息子の夏休みの自由研究は、父親にとっても良い思い出となりました。

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