僕がこのブログを書いているのは、たいてい仕事から帰って、風呂と食事を済ませ、テレビを見はじめるまでの1-2時間くらいの間のことです。だいたい平均して、午後10時頃でしょうか。
自分の部屋でパソコンと向き合うのですが、そんな僕の膝元で、ちゃぶ台のような低い机を並べて、塾の宿題に取り組む小5の息子の姿が見えます。夜は眠くなるからといって、息子は僕が家にいるときは自分の部屋で勉強をやるのではなく、きまって僕の部屋に入ってきて宿題をやるのです。ちゃぶ台は、そんな息子のために何年か前に購入。鉛筆で汚れて、結構年季が入っています。
親ばかですが、息子はなかなかかわいいヤツです。成績はまったく良くないのですが、彼には「ひたむきさ」があります。僕が酒好きにもかかわらず、結構まっすぐ家に帰る理由は、一日の最後に息子の「ひたむきさ」に遭遇したいから、といっても過言ではないのです。
そう、今回のテーマは「ひたむきさ」ですが、子供にはよく見られる特徴ですが、なぜか大人になると、ほとんど遭遇しなくなってしまいます。ひたむきに何かに打ち込む姿というのは、まぶしいばかりです。週末に、少年野球をやっているグランドでふと足が止まります。腕を一杯に伸ばして遠投を試みる野球少年の「ひたむきさ」に心が打たれます。
仕事においてひたむきに取り組むということは、難しいことなのでしょうか。自分はひたむきに仕事に取り組んでいるだろうか、しばし手を止めて考えてしまいます。淡々と仕事に没頭していることがよくあります。心には平穏があり、仕事がはかどります。ただ「ひたむき」とまでいえるだろうか、それはまだちょっと自信がありません。
ブログを書く手をふと止めて、「ひたむき」な表情の息子の顔をまたもつい覗き込んでしまいます。「パパ、どうしたの?僕のこと、じっと見たりして。」 そんなことを言われると、ハッとしてしまいます。
子供のひたむきさには、何か輝きがあります。うまくいえませんが、こんな「ひたむきさ」を見つめながら、過ぎていく時間ほど、心地が良いものはありません。夜風は涼しく、この蒸し暑い梅雨の時期が過ぎれば、もう夏はすぐそこまで来ています。