「私はその人を常に先生と呼んでいた。」というのは、夏目漱石の「こころ」の書き出しですが、「先生」という呼び名は、今や100年ほど前よりよほど複雑な要素を含んだ言葉になっているように思えます。 特に、学校の先生のイメージがずいぶん悪化しているように思えます。いじめ事件が起これば「先生」が非難される、大学の「先生」もセクハラで告発されるなど、教育に携わる「先生」のネガティブイメージが日増しに拡大されていくようです。そして、ビジネスの世界に身を置く人間は、この「先生」という言葉を決してよい意味や尊敬を込めて使わない傾向があるのではないかとも感じています。これは、もちろん浅はかな断定であり、一般化して述べて、「先生」も「ビジネスパーソン」も、いすれの人々をも非難中傷する意図は全くありません。
私の気になっている個人的な経験を一つだけ紹介したいと思います。
以前の会社で、時々(私に向かって)「先生になったらいいんじゃない」と言われたことがありましたが、そのココロは何だったのか?気が弱くてきき返せなかったのですが、そこに皮肉なニュアンスを感じ取ったのは思い過ごしでしょうか。皆さんは「あの人は先生にデモなればいいのに」と同僚の誰かを指して云った事はないですか?そこには、ビジネスパーソンとしては失格だ。社会人としてはどうかな。といった評価が含まれているような気がします。被害妄想なのかもしれませんが、私自身は云われて深く傷つきました。深く傷ついたということ自体、私自身が「先生」に対してそのようなイメージを抱いていることを証明しているともいえるでしょう。皆さんはどういうイメージを描いておられるんでしょうか。
もちろん、決して全員がそのようなことを考えているわけではないでしょう。しかし、「先生」という言葉の持つ響きは、もう昔のそれではなく、ネガティブな意味合いを多く含んでいるように思えるのです。
私は、企業の中に「先生」的なものがある程度必要なのではないかということを考えています。先生イメージのポジティブな面をあらわずキーワードをいくつかリストアップしてみました。育成、尊敬、教える、やさしい、きびしい、(生徒)思い、教え方がうまい、よくわかる、話をきいてくれる、相談できる、指導、伸ばしてくれる、はげましてくれる.....。たとえば、ここであげたようなポジティブな面をビジネスパーソン、特にマネージャーはもっと大切にしてもいいんではないでしょうか。
もちろん、ネガティブな面を表すキーワードも同時にリストアップして、バランスをとって考える必要はあるでしょうけれども。
別の面からいうと、企業の中に「先生」がいてもいいじゃないか。企業の中に「詩人」がいてもいいかもしれない。「落語家」がいてもいいのではないかと思うのです。 (多少飛躍がありますが)それが、ダイバーシティなのかなとも思います。
(関連情報)
- ミシガン大学の教授ノエル・ティシーは、ラーニング・オーガニゼーションならぬティーチング・オーガニゼーションを提唱しています。
- 「先生」イメージの固定化というのは、ステレオタイプという、これまた一筋縄ではいかない重い話題にも関連します。
「私はその人を常に先生と呼んでいた。」
会社生活の中でそんなストーリーがあったら、ぜひ教えてください。
コメント (1)
谷垣さん!いつも楽しく拝見しています。今回の「先生」の話、共感しました。ちなみに僕はこのように考えていました。「上司は基本的にいらない」それは、「上司」に対する一般イメージが、ぼくの中では「管理職」であったからです。ただいつからでしょうか。自分が大組織を辞めて、若くして自分の会社を始めたとき、管理することのむなしさを痛感しました。管理しても、その目をかいくぐって、社員は結局自分が納得したことしかやらない、そのことに気がついたのです。それ以来、自分は上司「的」な役割を演じることはありますが、それはあくまで経験者としてお手本を示すこと、そして相手から求められればメンターであることに注力するようにしています。このような感覚で谷垣さんの今回のブログを読んでいたら、思わず、「納得!」とひざをたたいてしまいました!
投稿者: ホットヨガ愛好者 / 2007年01月04日 08:43