2006年10月13日

裏の章〜その七 メタボリッ句 

メタボリック症候群というのが、最近流行しています。

先日はお台場でイベントが開かれ、そこでの「メタボリッ句」コンテストでは、「減らしたい お腹回りと妻の愚痴」がグランプリに選ばれたそうです。
メタボリック症候群か少なくともその予備軍と思われる自分にしてみれば、何か周りで勝手に騒いであとから病気の定義をつくられたようで、あまり気分はよろしくないのです。「そんなこといわれなくても分かっているわい。」といいたところです。

ただ冷静に考えてみると、自分は変わらずとも環境が変わって、いままで「努力家」といわれていたのが、突然「できない奴」と云われだすようなもので、物事の評価の尺度というのは自分よりも速いスピードで変化していくものかも知れません。

Who Moved Cheese? チーズはどこへ消えた? という本が一時流行りました。昔、会社が変革を推進しようとする時に、この本をおすすめ図書としてイントラネットで紹介したこともありました。社長が気に入って取り上げたものですから、それに便乗した安易な人材開発部門の対応でした。今思えば、「変わらないことはダメなんだ」として、「配転や転職をチャンスとして捉えるんだ」と会社側の考えを押し付けるための手段と思われたかも知れません。著者の意図とは別に、それを利用しようとした自分に、そういう気分が(無意識か半意識に)あったことは認めざるを得ません。
そのような反省もして、今ではどうも変革や変化に対して斜に構えてしまうところがあるのです。
一方で、人間というのは(むしろ自分が、ですが)実にフィードバックを受けることを嫌がるものだなとも思います。自分のことを鏡でみてみようといわれても、悪いところは見ないようにしてしまいます。環境の変化に対して全く無視する態度も、フィードバックの拒絶の一種かもしれません。これも進歩や改善につながらないことは明らかです。

以前は、「変える」ことがいつも正しいと思い込んでしまう傾向もありました。混乱を生むだけで終わる「変革」運動の先棒を担いでしまうこともありました。そんな経験から、今では次のように考えるようになりました。
「変えない方がいい場合」「変えないこと」があってもいいのではないか。環境の変化をとらえても、新しい変化を求めて動き回ることがいつでも正しいとは限らず、「変えないこと」「変えずにいること」が正しい選択の場合もあると考えます。「変わらないオプション」も含めて、しっかり自分で考えることが重要だと考えています。

メタボリックについていえば、ただ反発したり不満を持ったりするのではなく、自分を冷静に見つめて、自分自身が変わるのか変わらないのか主体的に行動を選び取ることが必要なのでしょう。そうでないと世の中の渦に巻き込まれて不満をいうだけになってしまいそうです。「メタボリック」の流行に振り回されないが、「気にしない」と反発したり無視するのではなく、聞く耳は持とうというような態度が望ましいのかも知れません。

そこで一句。

気にしない、その一瞬が命取り

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コメント (1)


「変えないことも一つのオプション」というのはけだし名言ですね。「変化についていける奴だけが生き残れる!エイエイオー!」と毎日言われている身としては、冷静になって考えてみればそうだなあと感心してしまいましたよ。

でも人間というのはほっとくと、いつまでも旧態依然になっちゃうので、自分が今の時代、客観的に見てどれほどの価値がある存在なのかが分からなくなってしまったり、とんでもなく時代錯誤なのに「これでオッケー」みたいな顔をしていたりしますね。

そんな時、いやでも反省できるテがあります!それは転職の面接を受けに行くことです。なぜ落ちたんだろう???と一生懸命考えると、自分に足りないものが分かったりするのです。くやしーけど。

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