アンドリュー・ワイエスの世界
アンドリュー・ワイエスという画家は、高校の英語の教科書にとりあげられたりしているので、ご存知の方も多いかもしれません。しかしテーマが、アメリカの田舎の生活で、暗く寂しい印象の絵ですので、それほど人気が出るとは思えないのですが、先日東京であった展覧会は、平日を選んで行ったのに大盛況でした。ワイエスでこれだけ混んでいるのだから、他の展覧会はすごいことになっているのだろうと思います。
ワイエスの絵から感じるものは、人それぞれですが、私が感じるのは、人間の営みというものはいずれ滅びて無になること、それを痛切に自覚していればこその、現在の営みの濃密な存在感、です。たとえば、男とランプの絵があります。暗い部屋をぼんやり照らしているランプは、精密に美しく描き込まれ、圧倒的な存在感を持っています。その横に座る、中年の農夫の、諦めたような、しかし内面の強靱さを秘めた表情。この、ランプと男の周辺だけが、広い画面に濃密な存在感をもって描かれ、あとの画面は、空虚や無につながる空間なのです(と私は感じます)。
ワイエスの絵の画面構成は、人物や家などが三分の一ぐらいに描かれ、あとの背景が不気味な感じで空虚に拡がっているものが多いです。そして描かれている人物や家は、風雪にさらされ苛酷な運命に耐えてきたことがわかります。ただ、その中にも、小さな楽しみや喜びがあったことも、わかります。そのように、様々な出来事と思いを経て生きてきた人間は、やがて滅びて無となる、ということを私はワイエスの絵から痛切に感じます。
いちばん有名なのは「クリスティーナの世界」という絵だと思います。脚に障害のある女性、クリスティーナが、一人で農作業から這って家に帰るところです。広大な世界に、ぽつんと立つ家、そこに向かって這っていくもっと小さなクリスティーナ、でも彼女からは、苛酷で孤独な生活に打ちのめされていない強さもにじみ出ています。
今回初めて知ったのですが、アンドリュー・ワイエスは身体が弱かったので学校に行かず、家庭教師によって教育を受けたそうです。おそらく、孤独な少年時代をアメリカの田舎で送ったことが、彼の画風の土台となったのだと思います。
私にとっては、最も共感できる画家です。
